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大阪高等裁判所 昭和37年(ネ)1291号 判決

控訴人 籔内作次郎

被控訴人 田中富蔵

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

控訴代理人は、原判決を取消す、被控訴人の請求を棄却する、被控訴人は控訴人に対し別紙目録〈省略〉記載(一)の土地について大阪法務局八尾出張所昭和三四年一一月三〇日受付第一二八五六号をもつてした所有権移転請求権保全仮登記に基づき昭和三五年八月三〇日付代物弁済による所有権移転の本登記手続をせよ、訴訟費用は第一、二審共被控訴人の負担とする旨の判決を求め、被控訴人は主文同旨の判決を求めた。

当事者双方の事実上の陳述、証拠の提出援用認否は、控訴代理人において

(一)  控訴人は職業的貸金業者でなく、担保があるにも拘らず自己の貸金の返済に神経質となり、被控訴人の不誠実行為に不安を抱き一週間の期限を待ち切れず完結の意思表示をなし本登記をしたのである。信義則論の適用に当つては一般人と貸金業者との間には差異を認めるべきであり被控訴人の不誠実行為は一般人に対するものとしては信義を害するものである。

(二)  訴外尾崎定一が本件土地を坪一万円で買うという籔野富三郎を連れて被控訴人方を訪ねた際も被控訴人の態度は値段の点までいかず「本件土地に総合文化センターを設営するんだ」と述べ全然売却の意思を示さなかつたのである。

(三)  被控訴人には本件債務を返済する意思は毛頭ない。そのことは本件土地を売る意思のないことを表明したこと、剰え遂には本件消費貸借そのものをも否定するに至つたこと(被控訴人は否認したのは吉野に対する四〇万円の債務を控訴人のものでないと主張したに止るというが、控訴人が甲第一〇号証の内容証明郵便を出した昭和三五年一月二三日以後はとも角それ以前に右四〇万円の話を被控訴人にしたことはないから右は詭弁である。)、更には被控訴人は控訴人より暴行を加えられたとして告訴しこれらにより被つた損害七〇〇万円と本件債務とが相殺されるから支払う要なしとまで広言するに至つたことにより明らかである。

(四)  原審は「一旦控訴人において本登記を抹消した上更に相当の期間を定めて催告し尚履行がなければその時本登記をすべし。」という硬直な理論をおしつけたが、被控訴人は控訴人のなした本登記をその直後から不当なものとし処分禁止の仮処分をえている本件のような場合には一応控訴人に対し口頭の提供位はなすべきものでそれを被控訴人に求めず控訴人に右の如き硬直な理論を以て臨むのは公平に反する。

(五)  控訴人は被控訴人から元利金の支払を受ければよいのであつてそれ以上の野心はない。そこで昭和三九年六月一九日付内容証明郵便(乙第二〇号証)を以て元利金の支払と引換に何時でも本件物件の本登記を抹消する旨申出をした。右抹消のために必要な被控訴人の登記委任状印鑑証明の提供を促したが被控訴人は右書類の提供も元利金の支払もしない。控訴人は最大の敬意と譲歩を計つたのであるが、被控訴人はこれに応じようとしないところからみると被控訴人には当初より支払の意思はなかつたものでないかとの懸念が大となると述べ、立証として〈省略〉…………と述べ、

被控訴人において、

(一)  控訴人は信義則論の適用に当つては職業によつて差別を認めるべきであると主張するが、信義則論そのものは人類平等であるべきで職業のいかんによつて適用を左右せらるべきものではない。また控訴人主張の理由自体を以つてしても弁済期到来前の一週間前における完結の意思表示は適法でない。元来控訴人は金貸しが本職に準ずべきもので現在は公認の土地建物周旋業者であるが当時はモグリの周旋業者で傍ら金貸しをしており、不動産登記手続に精通していた者である。

(二)  元来消費貸借契約の借主は弁済期までに元利金を弁済すれば足るものであつて、弁済資金を得るための方法などは債務者の自田に属すべきことでみだりに債権者より干渉を受くべき事柄ではないから、被控訴人が土地を売る意思なしと答えたからとて不誠実とはいえない。また被控訴人は本件債務を否定したことはない。本件債務金について担保の意味で本件土地に所有権移転請求権保全仮登記を共同申請で経由しているのであるからその債務の存在を否認しようにも否認しえられるものではない。被控訴人は只控訴人よりの「四四〇万円を返す意思があるか」との詰問に対し「なし」と答えたまでで、被控訴人は控訴人よりは四〇〇万円を借りているにすぎぬから右の被控訴人の答弁は当然のことである。

(三)  被控訴人は控訴人が本件土地の周囲に張つた有刺鉄線等の立入禁止の工作のため本件地内に立入ることができず昭和三六年の第二室戸台風のため本件地上に構築中の被控訴人所有の浴場用建物も倒壊しそれ丈でも二〇〇万円以上の損害であり、新に構築するにしても諸物価の値上りで大損でありその他の物的精神的損害を見積れば七〇〇円位の損害になる。併し借りた金を返すのは義務だから必ず返す返金した後損害賠償を請求する積りであると申したにすぎぬ。この損害金と本件債務とを相殺するというたことはない。

(四)  控訴人は被控訴人において履行期には一応債権者たる控訴人に対し口頭の提供をなすべきに拘らずこれをしなかつたことは信義則に反し本件登記は有効であると主張するが、控訴人は予約完結権の行使をなしえない時期に勝手に本件本登記を完了したものであつて、履行期が到来しても債務の履行遅滞は成立せず、爾後弁済期の定めのない債務に転化したもので、本件本登記を被控訴人のため抹消した上相当期間を定め履行の催告をなすべきものであるから当初約定の履行期は消滅に帰したるもので被控訴人は弁済期に口頭の提供をなすべき義務なくこれをしないことが信義則に反することはない。

(五)  本件において控訴人の義務は先づ本件本登記の抹消に協力することである。然るに控訴人主張の乙第二〇号証によれば控訴人の真意は本件金銭債務の支払と同時に本件本登記の抹消登記手続をなすとの意思表示であることが明らかである。本件登記は不法無効のものであるからこれが登記抹消手続と金銭債務と同時履行の関係にはない。被控訴人は控訴人の催告に対し乙第二一号証を以つて金員支払催告前に本登記の抹消登記手続をなし係争土地の占有を解き被控訴人に返還すべきことを求めたのに控訴人は未だにこれを履行しない。控訴人の不法無効の本登記が乙第二〇号証の催告により有効となりうる筈がない。

(六)  本件土地は被控訴人の控訴人に対する貸金債権額の一〇倍にも相当する交換価値を有する。従つて本件本登記の前提たる所有権移転請求権保全仮登記の原因である代物弁済予約もその当時における被控訴人の経済上の窮迫(訴外株式会社近畿相互銀行より被控訴人の同銀行に負担する三〇〇万円の債務の清算を迫られていた。)に乗じてなされた暴利行為として公序良俗に反する無効のものであり、控訴人において予約を完結してもそれは無効というの外はないと述べ、立証として〈省略〉…………と述べた外はいづれも原判決事実摘示と同一であるからここにこれを引用する。

理由

一、昭和三四年一一月二八日控訴人と被控訴人との間に、弁済期昭和三五年一月二八日利息月五分という約定による金銭消費貸借が成立し、被控訴人が控訴人から現金三六〇万円の交付を受けたこと、右消費貸借成立と同時に、これにより発生した被控訴人の本件債務の担保として、当事者間で被控訴人が右債務の弁済期にこれを弁済しないときは、控訴人は被控訴人に対する一方的意思表示により予約を完結し債務の代物弁済として被控訴人の所有にかかる本件土地の所有権を取得することができる旨の代物弁済の予約を締結し、昭和三四年一一月三〇日大阪法務局八尾出張所受付第一二八五六号をもつて同年同月二八日付右代物弁済予約を原因とする所有権移転請求権保全の仮登記を経、ついで昭和三五年一月二三日控訴人は本件土地につき前同出張所受付第五八三号をもつて右仮登記に基き同年同月二二日代物弁済を原因とする所有権移転の本登記をするとともに、その後本件土地の上に末尾目録(二)の物件を設置し、これを所有して本件土地を占有していることはいづれも当事者間に争はない。

二、本件消費貸借の内容が元本を四〇〇万円とし弁済期までの利息四〇万円を天引する趣旨のものであり結局利息制限法適用の結果弁済期(昭和三五年一月二八日)における元本は三六九万円となるものであることについての当裁判所の判断は原判決理由一に摘示するところと同一であるからここにこれを引用する。また控訴人主張の昭和三五年一月二〇日頃被控訴人に対し代物弁済予約完結の意思表示をした事実の認められないことについても当裁判所の判断は原判決理由三と同一であるからここにこの摘示を引用する。

三、控訴人が昭和三五年八月三〇日被控訴人に対し右予約完結の意思表示をし、被控訴人がこれを受けたこと、被控訴人が右意思表示を受けるまで本件債務の弁済をしていないことは当事者間に争がない。控訴人は被控訴人が弁済期に弁済しなかつた暁本登記申請をする場合に備えて被控訴人の印鑑証明書交付申請のため予め被控訴人よりその名義の委任状を受け取つていたところ、被控訴人は昭和三五年一月一八日頃所轄区役所の係員に対し印鑑証明書交付差止めの申出をした。右行為は民法第一三七条二号にいわゆる担保の毀滅に該当し被控訴人は同日限り期限の利益を喪失した。のみならず被控訴人は当初の了解に背き本件土地売却につき努力を示さず弁済の用意につき全く誠意が認められず、よつて控訴人は昭和三五年一月二〇日頃被控訴人の背信を責め結局印鑑証明書等を交付せしめたがその交渉の過程においては本件債務を否認する言辞を弄し、控訴人がこれをたしなめるや暴行を加えられたとして所轄警察署に控訴人を告訴した。以上のような被控訴人の背信行為の下においては弁済期前でも代物弁済予約を完結しうるものである。されば控訴人が昭和三五年一月二三日なしたる本登記は有効のものであるのみならず仮に右本登記が当初無効であつたとしても被控訴人は弁済期を経過しても弁済しなかつたのであるから、昭和三五年八月三〇日になしたる完結の意思表示により、本件土地は控訴人の所有に帰したものであり、本登記の瑕疵(仮にあつたとしても)は治癒せられ有効なものとなつたのである。しかも被控訴人は本件土地以外にも多くの不動産を所有し、本件債務の弁済期直前にも他の不動産を売却しその代金を有していたものであるから本件本登記により金融のみちを閉ざされたわけでなく本件債務の不履行と本件本登記とは無関係であるから被控訴人は債務不履行の責を免れえないものと主張する。この点に関する当裁判所の判断も原審の判断と全く同様である。すなわち控訴人主張の印鑑証明書交付の差止めは、いまだ民法第一三七条二号にいわゆる担保の毀滅に該当せず、従つて期限の利益喪失を認めることはできず、また被控訴人において控訴人より弁済期に弁済することの確実性につき疑惑を抱かしめ乃至敵意を挑発するなど遺憾の点が認められるにせよ、これらは決して本来弁済期に弁済なき場合始めてなしうる本登記をその前に無断で敢行した控訴人の行為の背信性に比ぶべきものでなく、債権者においてこのような背信行為をなし不法な既成事実状態を作り出しその下において債務者に唯々諾々として正規の弁済を強要するが如きことは到底許容し難いことであり、このことは仮に被控訴人に他に資産があり弁済にことかかぬ場合でも尚然りというべく、況や本件の場合右本登記のため被控訴人の資金計画に支障を来したものであるから右本登記と債務不履行は無関係のものということはできず、結局被控訴人には控訴人が代物弁済予約完結権を行使する前提となる債務不履行の責なく、控訴人のした昭和三五年八月三〇日の代物弁済予約完結の意思表示も無効で、本件土地は依然として被控訴人の所有に属し、当初の本登記の瑕疵の治癒されることもありえない。控訴人としてはよろしく先づ以て不法になした本登記を抹消し土地を被控訴人に返還した上、相当な期間を定めて債務の履行を催告し被控訴人を遅滞に陥れて始めて代物弁済予約の完結をなしうるものというべきである。右判断に至る理由の詳細については原判決理由五(一)乃至(六)の摘示を引用する(但し理由一一枚目裏末行弁済期とあるは弁済期前と訂正する。)。

四、当審における双方の主張立証を勘案してもいまだ右判断を左右するに足りない。すなわち控訴人が職業的金貸しでなくとも約旨に反し弁済期前に本登記を完了することの背信性を毫も減少せしめるものでなく、控訴人の当審におけるその余((二)乃至(五))の主張も、被控訴人に前認定のような落度のあることは兎も角として、控訴人の背信的行為を正当化することをえず、その主張のような口頭提供の義務も前認定のような事情の下においてはこれを認めることはできず、更に控訴人は先づ自己のなした不法の本登記の抹消並に土地の返還をなすべく、これと本件債務の支払とが同時履行の関係にあるものと解せねばならぬ理由もないから被控訴人が乙第二〇号証の催告に応じなかつたことを責めることもできない。

五、以上の通りであるから被控訴人の控訴人に対する本件本登記の抹消登記手続並に物件収去土地明渡し請求は爾余の争点につき判断するまでもなく相当でこれを認容すべく、控訴人の反訴本登記請求は失当として棄却すべくこれと同旨に出た原判決は正当で本件控訴は理由がない。よつて民事訴訟法第三八四条に則り本件控訴を棄却し訴訟費用の負担につき同法第九五条第八九条を適用し主文の通り判決した。

(裁判官 宅間達彦 増田幸次郎 井上三郎)

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